おじいちゃんが腰を痛めてから数日が経ち、
パパは二日ほど会社を休み田植えの前の大事な準備を仕上げ、またいつもと変わらず会社に復帰していった。
おじいちゃんは、すいが毎日湿布を貼り替えてくれたお陰で良くなったと言って、痛みを堪えながら農作業に取りかかった。「我慢と辛抱」を教えられ育ってきたおじいちゃんにはそれほど大したことではないのだ。
日曜の朝、すいとママは、おじいちゃんから少し譲ってもらった畑の土いじりをした。これは二人だけの小さな農園だ。
パパはというと、地元の同級生たちに渓流釣りに誘われ、朝早くから出掛けて行ったようだった。
すいとママは楽しくおしゃべりしながら、これから種まきをする土の草取りをしていた。自分たちの畑で一から野菜を育てることに二人でわくわくしながら。
しゃがんで土をいじるママの姿を見ていたら、ふと小さい頃の記憶が蘇ってきた。
「よくおばあちゃんとこうしてたなぁ・・・。おばあちゃん会いたいなぁ・・・。」
急におばあちゃんが恋しくなり切なくなった。
お昼時になり、「ただいまぁ~・・・」と、パパが意気消沈して帰って来た。自分だけ何も釣れなかったらしい。
そんなパパだったからこそ、少し元気のなさそうなすいに気付いた。
パパ )「すい、どうかしたの?元気なさそうだけど?」
すい )「ふぇ・・・??」
ママ )「あら?すい、ご飯に何かけたの??」
すい )「ふぇ?・・・お砂糖・・・」
パパ )「ええええ!?いったいどうしちゃったんだ?」
おじいちゃん「なんだが、死んだばあさんみでぇなごどしてるなあ。おばあちゃんさ会いでぐなったんだがな~。あっはっはっは。」
おじちゃんは、すいがよく仏壇のおばあちゃんの写真を見ていたことを知っていたのですぐにピンときた。
「うん、そうなのー・・・」すいは頷いた。
「そういえば母さん、よく砂糖を・・・」パパはゾッとした顔でそれ以上は何も言わなかった。
「それじゃ~、よし、午後からは桜を見に行こう!」とパパは元気づけようとすいを誘った。
すい )「え?桜?もう散っちゃたんじゃないの?」
パパ )「まだまだ~!八塩ダムに行けば満開の黄桜も見られるよ。」
そう言ってしょんぼりしていたすいを車で連れ出した。
※八塩ダムは、八塩いこいの森のことで地元の人は八塩ダムと呼んでいる、ダムと言うよりは湖にしか見えないダムのことである。
どんどん山を登り、森が深くなっていく。所々にヤマザクラが咲いているのが見えた。
八塩山という地元では一番大きな山が目の前に迫るように近くなっていった。
「着いたよ。」そう言うとパパは先に車から降りていった。
すいも車から降りて景色を見ると、もう散ってしまったと思っていた桜が満開で、薄い萌黄色の黄桜も咲いていた。
「わあ~!黄桜!満開~!」
「ここは雪が解けるのが遅いから今が見頃なんだよ。」
すいは黄桜に近付いて花弁を眺めた。
「わぁ・・・色んな色が混ざってる。奇麗だな~。」
黄桜を間近で見るのはこれが初めてだったかも知れない。名前の「黄桜」には永遠、優美という花言葉があると小さい頃に教わった。
「本当にきれいだな~。」
パパは、昔よくおじいちゃんとおばあちゃんと兄弟3人でここに連れて来てもらったことや、おばあちゃんとの想い出話などを語ってくれた。
すいは少しすっきりしておばあちゃんの顔を思い浮かべた。
家への帰り道、パパはハンドルを握りながら、
八塩ダムに溜められている水は、八塩山の雪解け水や湧き出している水であること、
その水は、東由利の多くの世帯へ供給されていること、
湧水はこの他にも、たくさん存在していること、
ここの水の恵みに感謝してすいという名前を付けたことなどをたくさん教えてくれた。
そして、こんな不思議な体験談を話し始めた。
「すいが今日見ていた八塩山、あの中腹には"ぼつめきの湧水"という水源があるんだよ。」
「ユウスイって?」
「うん。湧き水のこと。昔、小さい頃にその"ぼつめき"行った時、兄弟三人で青白い人魂を見たんだ。」
「びっくりして、そのことをすいのおじいちゃんに話したら、それは水神様だって。・・・いやぁ~、あれは本当にびっくりしたな~!」
「ミズガミサマ・・・ごくっ」
すいはなんだかゾクゾクっとして話を聞いていた。
パパ )「うちの近くの滝にも小さな祠(ほこら)があるだろう?」
すい )「う、うん。」
パパ )「あれも水の神様を祀っているんだよ。」
すい )「じゃあ、そこにも水神様がいるのかなぁ?」
パパ )「もしかしたら、いるかもね~」
パパはおどかすように答えた。
そしてその夜、すいは不思議な体験をする。
【第5話/中編へ続く】